ベンチトップDMMをhp34401AからKeysight 34461Aに買い換えたわけですが、34401Aは全く動作しなくなっていたので、廃棄処分する事としました。時間的に余裕があれば、自分で修理できるかもしれませんが、修理できたとしても恐らく校正は受け付けてくれないでしょう。
で、ばらしました!
外装を取り外したところです(写真1)。スカスカですね。
右側が前面パネル、左側が後方パネルです。メインの基板はたった1枚で、DC/AC電圧・DC/AC電流・抵抗値等の物理量を測定する回路と、測定した物理量をA/D変換する回路、この機器の各種コントロールを行うマイクロコントローラー、外部とのデータをやり取りする為のインターフェース、そして電源回路の全てが、この1枚に収まっています。右側には、前面パネルのキーパッドとLED表示コントロール用の基板がありますが、この写真には写っていません。
メインボードだけを取り出してみました(写真2)。
やっぱりスカスカですね。でも、このDMMは20年以上も現役機種として愛され続けました。シンプルで分かり易い設計だからこそ、信頼性も高くロングセラー機となり得たのかもしれません。
Keysight TechnologiesさんのWEBサイトに置かれている、34401Aのサービスマニュアルを見ながら、基板のどの部分がどの様な機能をもっているのか、を見て行くことにしましょう。
サービスマニュアルの「Block Diagram」によると、9個のブロックから構成されています(図1)。
- FRONT/REAR SECTION
- FUNCTION SWITCHING
- DC AMP & OHMS
- AC CIRCUIT
- A/D CONVERTER
- FLOATING LOGIC
- EARTH REFERENCE LOGIC
- POWER SUPPLY
- FRONT PANEL
以下、hp34401Aの動作原理をかいつまんで説明します。さらに詳細な動作原理を知りたい方は、サービスマニュアルの「Chapter 5 Theory of Operation」に記載されていますので参照下さい。
「FRONT/REAR SECTION」は、測定信号の入力を、前面パネルから行うのか、背面パネルから行うのかの切り替えを行うブロックです。機械スイッチが用いられています。
「FUNCTION SWITCHING」は、どの物理量を測定するかを選択し、その物理量を測定するために必要な回路を選択するブロックです。機械式リレー(写真3)と、当時のhp社が自社で設計した半導体スイッチ(写真4)との組み合わせてそれらの機能を持たせているようです。
「AC CIRCUIT」は、交流電圧・電流を実効値に変換し、「A/D CONVERTER」ブロックでA/D変換できるように直流に変換する回路です。DMMは交流信号の電圧値を測定することができますが、交流信号を直接A/D変換する訳ではなく、直流電圧に変換した上でA/D変換しています。その機能をこのブロックが担っています。
「DC AMP & OHMS」は、抵抗測定に必要な定電流源と、直流電圧を増幅する回路を持つブロックです。DMMは、DC/AC電圧の他に、DC/AC電流、抵抗等も測定できる訳ですが、最終的には全て直流電圧に変換した上で「A/D CONVERTER」ブロックに送られます。そのために、DC AMPが必要になります。回路図によると、写真5は直流アンプのゲイン設定及び抵抗測定用定電流源用の高精度抵抗を集積したhp社オリジナルの高精度抵抗ネットワークICのようです。
「A/D CONVERTER」は、この34401Aの心臓部です。それまでの回路ブロックで得られた直流電圧を、高分解能でディジタルデータに変換します。hp34401Aは6桁半表示が可能ですので、例えば1Vフルスケールレンジで電圧を測定した場合、最小分解能は1μVになります。
ここで用いられているA/Dコンバーターは、「二重積分型ADコンバーター」と呼ばれ、比較的簡単な回路構成で、高精度・高分解能が得られます(図2:Hewlett Packard Journal April 1989 Page 8から引用)。
hp34401Aでは、この「二重積分型ADコンバーター」をベースとし、それを発展させた「Multislope III」と呼ばれる方式を用いている、とサービスマニュアルに記載があります。回路図から判明した実装部分を写真6に示します。
「二重積分型ADコンバーター」の動作原理に関しては、こちらのWEBサイトの記事が大変参考になります。是非ご覧になって下さい。
「FLOATING LOGIC」は「A/D CONVERTER」ブロックで得られたデータを処理したり、機器全体のコントロールを行ったりするブロックです。マイクロコントローラーと、hp社独自開発のASICとが搭載されています(写真7)。
「FLOATING LOGIC」と記載があるのは、商用電源の大地グラウンド(いわゆる「アース」)からは「浮いて」いることから、その様に呼んでいるようです。この部分と他の測定回路ブロックは大地グラウンドから浮いていないと、商用電源の電圧・電流を測定することができません。
「EARTH REFERENCE LOGIC」は、外部との接続を行うインターフェース回路を持つブロックで、このブロックのグラウンドは、大地グラウンドと接続されています。そのため「EARTH REFERENCE」と記載されているのでしょう。なお、「EARTH REFERENCE LOGIC」と、「FLOATING LOGIC」とは、絶縁性を確保するため、フォトカプラー(写真8)によってデータのやり取りが行われています。
「POWER SUPPLY」は、まさに「電源回路」です(写真9)。トランスで降圧された商用電源波形は、ダイオードブリッジによる全波整流回路を経て平滑回路を通り多少のリプルを持った直流電圧となります。その直流電圧はドロッパーを経由して安定化されて各部に供給されます。電源としての効率は悪いですが、シンプルで、かつノイズが極めて少ない電源電圧が得られるため、μV、μAオーダーの電圧・電流を測定するための高精度な測定器には、最も適した電源回路と言えます。
「FRONT PANEL」は、hp34401Aのユーザーインターフェースブロックで、各種ボタンと蛍光管を使った表示器を備えています。残念ながら写真を取り損ねました。
簡単ですが、hp34401Aの各ブロックの機能解説を行ってみました。誤りがあるかもしれませんので、もし発見された場合はコメント下さい。宜しくお願いします。
プリント基板は、二層のガラスエポキシ基板で、今の測定器に比べて極めてシンプルです。見た目はチープな感じがしますが、6桁半の分解能を持った高精度DMMを、この1枚の基板に綺麗に収めたその実装技術には脱帽ですね。改めて「ベストセラー」となったのはある意味必然であった、と思います。